睡眠時無呼吸症候群と生活習慣病~眠っている間に、あなたの体は蝕まれているかもしれません~
1.はじめに:眠りと健康の意外なつながり
「毎晩いびきがすごい」「朝起きても疲れが取れない」「昼間に眠くなる」——これらの症状を、「年齢のせい」「仕事の疲れ」と見過ごしていませんか?
実はこのような状態が続く場合、「睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)」の可能性があります。そしてこの病気は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、慢性腎臓病などの生活習慣病と密接な関係があることが、国内外の研究で明らかになってきています。
2.睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは?
SASは、睡眠中に呼吸が10秒以上停止(無呼吸)、または呼吸が浅くなる状態(低呼吸)が1時間あたり5回以上起こる病態です。特に多いのが「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)」で、舌や軟口蓋が気道をふさぐことで発生します。
主な症状
- 激しいいびき
- 日中の強い眠気
- 起床時の頭痛
- 集中力・記憶力の低下
- 夜間の頻尿、起床時の口の渇き
国内の患者数
日本国内では推定で900万人以上がOSAを抱えているとされており、その7~8割が未診断と言われています。
なぜ危険なのか?
SASでは睡眠中にたびたび呼吸が止まることで血液中の酸素が低下し、そのたびに体が覚醒状態になります。この「隠れた覚醒」は、心身の回復を妨げるだけでなく、自律神経やホルモンバランス、血圧や血糖、脂質代謝に影響を与え、さまざまな生活習慣病の悪化につながっていきます。
3.生活習慣病とSAS:なぜ深く関係するのか?
① 高血圧と睡眠時無呼吸症候群(SAS)
SASが高血圧を引き起こすメカニズム
SAS(睡眠時無呼吸症候群)では、睡眠中に繰り返し呼吸が止まり、血中の酸素濃度が低下します(低酸素血症)。この状態になると、身体はストレス反応として交感神経(興奮系)を活性化させ、心拍数や血圧が上昇します。
そのため、通常は下がるはずの夜間の血圧が下がらず、「非降圧型(non-dipper型)」と呼ばれる異常な血圧パターンになりやすくなります。これが持続すると、慢性的な高血圧へとつながります。
SASと高血圧の合併率
- SASのある人の約50%が高血圧を合併していると報告されています。
- また、治療抵抗性高血圧(3剤以上の降圧薬でもコントロールが難しい高血圧)の患者さんの約70%がSASを合併していたという報告もあります。
CPAP治療の効果
- AHI≧15(中等度以上のSAS)の方では、高血圧を発症するリスクが約2.89倍に上昇するという報告があります。
- CPAPによる治療で、収縮期血圧で2.5~6.7 mmHg、拡張期で1.8~4.9 mmHgの改善が報告されています。
SASを疑うべき高血圧のサイン
以下のような方は、SASの関与が疑われます。簡易睡眠検査による評価が有効です。
- 夜間や早朝の血圧が高い
- 複数の降圧薬を使っても血圧が下がらない
② 2型糖尿病と睡眠時無呼吸症候群(SAS)
なぜSASが糖尿病に関係するのか?
SASでは、睡眠中に呼吸が止まることで低酸素状態や睡眠の分断が繰り返されます。このことにより、膵臓からのインスリン分泌や肝臓・筋肉でのインスリンの効き(感受性)に悪影響を与えます。これがいわゆる「インスリン抵抗性」の原因となり、糖尿病の発症・悪化へとつながるのです。
合併率とリスクの実態
- 2型糖尿病患者の20〜30%が中等症以上のOSASを合併しています。また、合併するOSASが重症の場合、中等症以下の症例と比較してHbA1cが0.5〜0.8%高い傾向があります。
- 特に、肥満型糖尿病や治療抵抗性糖尿病(薬を使っても血糖がコントロールできないタイプ)では、SASの合併が疑われます。
臨床データとCPAP治療の効果
- 重度のSASがあると糖尿病の発症リスクが約2.3倍に上昇すると報告されています。
- CPAP(持続陽圧呼吸療法)を導入することで、食後血糖の改善が認められ、食事療法や薬の効果が高まりやすくなることも示唆されています。
SASを疑うべき糖尿病のサイン
次のような症状が見られる場合は、SASの合併が隠れている可能性があります:
- 薬を増やしても血糖値が改善しない
- 体重を減らしてもHbA1cが下がらない
- 夜間に何度もトイレに起きる(夜間頻尿)
- 朝起きたときにぐっすり眠った感じがない(熟眠感の欠如)
こうした場合は、睡眠の質を含めた包括的な評価が必要です。簡易睡眠検査が有効です。
③ 脂質異常症と睡眠時無呼吸症候群(SAS)
SASと生活習慣病:脂質異常症との関係
睡眠中に何度も呼吸が止まる「SAS(睡眠時無呼吸症候群)」は、いびきや日中の強い眠気だけでなく、さまざまな生活習慣病と深く関係しています。その中の一つが「脂質異常症」です。
SASが脂質バランスを乱す?
近年の研究では、SASにより繰り返される「間歇的な低酸素状態(睡眠中に酸素が不足する状態)」が、肝臓での脂質産生を促進することが示されています。その結果、SASのある人では、気づかないうちに脂質異常が進行しやすくなる可能性があると考えられています。
動脈硬化や心臓病のリスクにも
SASに関連した脂質異常は、動脈硬化の進行を促進し、心筋梗塞や脳卒中といった重大な疾患のリスクを高めます。
大規模な疫学研究においても、SASのある人は、年齢や体型(BMI)に関係なく脂質異常の有病率が高いという結果が報告されています。
ただし、まだ研究段階の側面も
ただし、これらの研究の多くは、「脂質異常症」そのものを主な目的にしていないため、内臓脂肪など他の影響も排除できていないという課題があります。
そのため、SASが脂質異常症の“直接的な原因”とまでは言い切れないのが現状です。今後のさらなる研究が待たれます。
④ 慢性腎臓病(CKD)と睡眠時無呼吸症候群(SAS)
■ 腎臓と睡眠の意外な関係
SAS(睡眠時無呼吸症候群)では、睡眠中に繰り返し呼吸が止まり、「間歇的低酸素」という状態になります。この酸素不足が、腎臓にさまざまな悪影響を及ぼします:
- 血管内皮機能障害(動脈硬化)
- 酸化ストレスの増加
- 交感神経刺激による血圧上昇
これらの変化は、腎臓の糸球体や血管に慢性的なダメージを与え、CKD(慢性腎臓病)の進行因子となります。
■ SASとCKDに関する主なエビデンス
- SASがあるとCKDの進行リスクが約2倍に増加することが示されています。
- CPAP(持続陽圧呼吸療法)により、尿蛋白の減少や腎機能悪化の抑制が報告されています。
- 末期腎不全(透析患者)ではSASの有病率が50〜70%に達するとされています。
- SASの重症度が高いほど、eGFR低下やアルブミン尿が増加することが示されています。
- AHIとeGFRに有意な負の相関があり、SASがCKDの独立したリスク因子となる可能性が示唆されています。
■ SASが疑われるCKD患者の特徴
以下のようなCKD患者さんでは、SASの合併を積極的に疑うことが推奨されます:
- 夜間や早朝の血圧が高い
- eGFRの低下が早く、CKDの進行が速い
- 尿蛋白の増加がコントロールされにくい
→ このような場合には、簡易睡眠検査などを含む精査が有効です。
■ CPAP治療と腎機能への影響
- CPAP治療により夜間のアルブミン尿が改善された例があります。
- SASの治療は、腎機能の維持に寄与する可能性があります。
- ただし、RCTによる長期的なアウトカム改善効果はまだ限定的であり、今後のエビデンスの蓄積が期待されています。
4.当院で行っている検査・治療体制
◉ 睡眠時無呼吸の評価
当院では簡易PSG検査を実施しています。
※ 終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG) は、より詳しい検査が必要と判断された場合に、提携の専門施設をご紹介いたします(脳波や筋電図などを測定し、詳細に睡眠の質を評価します)。
◉ 併発疾患の評価と検査
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、高血圧・糖尿病・脂質異常症・慢性腎臓病(CKD)などの生活習慣病との関連が深い疾患です。当院では、SASの合併症の早期発見と適切な管理を目的として、以下のような定期検査を行っています。
これらの検査を通じて、SASが影響を与える可能性のある臓器や代謝状態を包括的に評価し、必要に応じて治療方針の見直しを行っています。
疾患 | 主な検査 | 頻度・備考 |
高血圧 | 血圧測定、尿検査 | 随時 |
糖尿病 | HbA1c、空腹時血糖、インスリン抵抗性 | 1~3か月ごと |
脂質異常症 | LDL・HDL・TG測定 | 3か月ごと |
CKD | 血清Cr、eGFR、尿アルブミン | 3~6か月ごと |
5.最後に:体の声を、眠りから聞いてみませんか?
「寝ても疲れが取れない」「生活習慣病の数値がなかなか改善しない」——そうしたときに、実は睡眠が原因だったというケースは珍しくありません。
定期的な健康診断では見逃されやすいSASですが、疑いがあれば早期に対応することで、大きな病気の発症を防ぐことが可能となります。
当院では、内科専門医・睡眠医療に精通したスタッフが連携し、生活習慣病と睡眠の両面からサポートします。